写真で綴る、兼業農家のささやかな日常
農家をやってて『良かった…』と、思う事はほぼ無いです。利益が殆ど無く、小規模でも機械や税金と何かとお金は掛かるし、そのくせ利権や隣近所に振り回されるし、ウンザリする事の方が圧倒的に多いです。
そんな兼業農家の我が家の日常、カメラというフィルター一枚通して見てみれば『まぁ…これも悪くないかな』と思える瞬間がその日常の中に散りばめられていたりもします。
自分を改める意味も込めて、つらつらと写真を並べていつものこのブログとは少し違う趣向で綴りたいと思います。
Crop-of-Life – 人と野生のあいだ ←写真ブログなんかもやってます。
–
ホウレン草を摘み取る。農家になる前は、ホウレン草がこんなバスターソードみたいな形してるなんて知らなかったし、キャベツでもレタスでもどちらでも良いと思っていた。
ウドは山で採るものだと思っていた。山菜ブームで庭に植えた農家は多かったみたい。
夕飯の材料はスーパーではなく畑で集めてくる。
–
高齢化著しい農村。大婆ちゃんの写真もなるべく沢山残しています。
ジャガイモは青くなった部分や、生えてしまった芽にソラニンという毒性物質が含まれます。でも実はその部分を取り除けば芋自体は食べる事ができます。大婆ちゃんは安易に捨てたりせず、丁寧に毒化した部分を取り除いていきます。
ナスはいい。腹にたまるし、沢山採れるし、簡単な料理でもしっかり食える。
こんなにチビた鎌を見た事が無い。あなたは一つの道具をこんなになるまで使う事ができますか?。
夏の畑はとってもバエである。いつか色鮮やかな野菜ばかりが実る畑も作ってみたい。
–
夏の出穂期前、稲は夕方になると葉先に水滴を付ける。なんでこうなるかは分からないし、そこまでは特に興味も無いのだけれど、夕日に照らされて煌めくこの風景はいつ見ても綺麗だと思う。
夏の終わり、朝晩が少し冷え込む頃、コウベを垂れる稲穂かな。。。
冬に向けてブロッコリーの種を蒔く。冬の備えは夏の内に。まさに、アリとキリギリスの世界感。
菊の花は新潟人にとって食べ物である。花びらを摘み取るとまるで、花占いをしているみたいだ。
収穫期、赤紫蘇も旬が終わる頃。紫蘇ジュースは蘇葉という消化器系に良い漢方になるらしい。食欲の秋に向けて、最後の摘み取りの時期。
『農家も悪くないかな…』なんて思えるのは一年365日のほんの一瞬一瞬だけ。我に返れば負担だらけの日常に嫌気しかささない自分、『まだまだ修行が足りんな…』と自分に言い聞かせている。
こうやって写真に残して後で見返す。例えば30年後、同じように見返すと今より心境は変わっているのだろうか。
会社員と違って辞めるのも簡単じゃない。仕方ないからもう少し頑張るか。
自然相手の仕事は大変ですねぇ、こちらの思う通りにならないし、売るにしても手間がかかり価格は安いし、農薬化学肥料に頼り簡単で安易な生産方法になりますよねぇ。そこで土作りに取り組んで自給自足の野菜作りにして自然と付き合えば気持ちが楽で自然の面白いこと。たのしいですよう~‼️